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あの時君は若かった・・・ ['70年代]

 最近観にいったライブ・・・バズコックスシナロケポーグス・・・。これらのバンドに共通するもの、それは・・・キャリア・・・つまり年がいってるってことだ。みんな僕より年齢が上だけど、それはそれは素晴らしいステージを見せてくれた。

 鮎川誠はほとんど昔と変わらない体型と風貌で(アタマがちょっぴり・・・だったけど)、シーナもほとんど変わらないイメージ(ロフトには娘さんが来てたけど、あんな大きな子がいるとは思えないスタイル)。バズコックスは・・・ステージに上がるとそれなりにカッコ良かったけど、普段街で見かけても絶対あんなスゴいミュージシャンだとは思えないだろうなって感じの’いいオヤジ’風だった。

 そしてやっぱ一番変わってたのはポーグスシェーンだな。昨年一度観てるから今年はそんなに感じなかったけど、昔の写真を見たら・・・。

NIPS 'n' NIPPLE ERECTORS
『BOPS, BABES, BOOZE & BOVVER』

 これはシェーンポーグス結成以前に組んでいたバンド、THE NIPPLE ERECTORSTHE NIPSのコンピ盤。昨年観たシェーンのドキュメンタリー映画でもちらっと紹介されてたバンドだ。1978年、シェーンがレコーディング・デビューしたって書いてある。ここにはアイルランドの匂いは全く言っていいほどない。パンク・ロカビリー!?って紹介されてるけど、思いのほかストレートなR&R。バンド名が一番パンクだったりして・・・(笑)。悪ガキみたいなシェーンが可愛い!?若いなぁ~。

 そしてこっちは同じくポーグスでダンディぶりを発揮していたフィリップ・シェヴロンの若い頃・・・。

THE RADIATORS

 フィリップはこのまんま年をとったって感じだな。見た目頑固オヤジっぽかった。ラジエーターズ(フロム・スペース)は、NIPSに比べると明らかにパンクロック寄り。キャリアとしてはシェーンのバンドよりもずっと人気もあったんだよな。このベスト盤のインナーにバンドのストーリーが書いてあるんだけど、アンダートーンズと一緒に演ってたり、ジョニー・サンダースがライブでゲスト参加してたり、シン・リジィのサポートをしてたり、70年代終わり頃のアイルランドのロック・シーンが垣間見えたりして楽しい。

 1970年代終わり頃といえば、僕はまだ10歳になったかならないかぐらいの頃。近所にこんなイカレタ・・・いやイカシタ兄ちゃんがいたら楽しかったのにな!?

 


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THE GREAT ROCK'N'ROLL SWINDLE ['70年代]

 1979年2月2日・・・SEX PISTOLSシド・ヴィシャスが死んだ。僕はまだ小学生だったのでもちろんリアルタイムでのニュースは記憶にない。ピストルズをちゃんと聴いたのも高校に入ってからだし、小学生の頃はレコード屋でそのジャケットを見て、なんかエッチな音楽とか声とか入ってるもんだと思ってたしね(笑)。

 そのシドの命日である今日、十何年かぶりにこのビデオを観た(写真はレコードだけど)。

 SEX PISTOLS  『THE GREAT ROCK'N'ROLL SWINDLE』

 映画としてみたら、まあ・・・そんなに大興奮するほど面白くはないのだが、やっぱりあの時代の空気みたいなものは感じられる。世間を睨みつけながら歌うジョニー・ロットンはカッコいいし、シドはまさにパンクロッカーをやりきってるし。全編にわたって意味不明の演技を繰り広げるスティーブ・ジョーンズには笑えるが・・・。

 この映画、もともとラス・メイヤー!!が監督するはずだったのだが、わずか3日間の撮影でリタイヤしてしまい、結局ジュリアン・テンプルという一番ピストルズに近かった若者が監督することになったそうだ。ラス・メイヤーが監督してたらどんな作品になったんだろう?ピストルズVS巨乳パンク軍団とか!?

 この映画の中でシド・ヴィシャスは3曲歌っている。パンツ一丁で”Something Else”を歌うシド、傍らにはナンシーの姿が・・・。バイクをぶっ飛ばしながら”Come On Everybody”を歌うシド、そしてラストでは”My Way”を投げやりに歌い、拳銃をぶっ放して客を撃ち殺すシド・ヴィシャス・・・。パンクロックの象徴ともいえるその姿は何年たっても色褪せない。

 僕自身、それほどピストルズやシド・ヴィシャスに傾倒してるわけでもないのだが、やっぱカッコいいもんはカッコいいわ!

 シドの魂に乾杯!!


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明日なき暴走 ~ BRUCE SPRINGSTEEN ['70年代]

 昨年2005年は、ロック生誕50周年だったそうな。何をもってロックの始まりとするのかはよく分からないけれど、まだたった50年なんだって感じ。僕等なんてそのうちのほんのちょっとかじってるだけの、まだまだ子供に過ぎないんだな。

 そんなロックがまだよちよち歩きだった1975年、ベトナム戦争終結の年。僕はまだ10歳にも満たぬガキだった頃、世の中にはこんなにスゴイR&Rアルバムが既に生まれていたんだ。

 BRUCE SPRINGSTEEN  『BORN TO RUN』

 その30周年記念リマスター盤である。'75年のロンドン、ハマースミスオデオンでのライブDVDとこの『BORN TO RUN』のメイキング・ドキュメンタリーDVDがついた超豪華盤。昔の音源や映像を美しく蘇らせることのできる科学技術の進歩にちょっと感謝。

 僕がスプリングスティーンを知ったのは、多分中学生の頃、佐野元春つながりだったと思う。”SOMEDAY””Hungry Heart”が似てるとかそういう話題からだったんじゃないかな。その後、『BORN IN THE U.S.A.』が大ヒットした頃テレビで”Dancin' In The Dark”のプロモを見て、「なんかイマイチやなあ~」って思った。当時は何せ、パンクロック大好きで速いビートが命!みたいな感じだったから・・・。

 あとブルースにのめり込めなかった理由は、大学の先輩に超マニアみたいな人がいて、いつも赤いバンダナを頭にまいて白いTシャツにブルージーンズ、ろくに弾けもしないウッドのテレキャスを持ってる・・・というまさに熱い、いや暑苦しい人だったんだけど、そいつが僕のブルースに対する偏見!?を形成してしまったんだよ(笑)。だからブルースをよく聴くようになったのは、分別つく大人になってからなのだ。

 しかし、『BORN TO RUN』『明日なき暴走』って邦題にしたセンスは素晴らしいね。最近でも洋楽に日本語タイトルをつけるってことやってるのかな?、曲にしても意訳してるのとそのまんまのとあるしね。

 で、この30周年記念盤、暮れには買ってあったんだけど、やっとDVDを観れた。'75年のロンドン、ハマースミスオデオンでのライブ!素晴らしい!!初っ端からピアノとハーモニカだけの”THUNDER ROAD”。全身に震えがくるぐらいカッコいい。ライナーを読むと、初めての海外公演でブルースたちはかなりナーバスになっていたらしいのだが、全くその気配を感じさせず楽しんで演奏してるようにも見える。当時26歳のブルースは細く精悍な青年で、ありあまるエネルギーをぶつけるかのように歌い、クラレンスはクールにサックスを鳴らす。Eストリートバンドの演奏はこの頃から完璧で、スゴイ。特に”KITTY'S BACK”の間奏とか、画面で観てるのに引き込まれそうになってしまうほどだ。ちなみにこの日の客席にはジョーストラマーもいたそうな。

 「ロックンロールの未来を見た!その名はブルース・スプリングスティーン!」

 有名なジョン・ランドウの言葉だが、後のアーティストに与えた影響やプロモーション戦略なども含めて、これは真実だったかもしれない。

 も一回最初から観よっと。あの”THUNDER ROAD”はホント鳥肌モンだぜ。

 


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アイドル ['70年代]

 おおっ!今日、自分のブログを開いてみたらnice!が一個入ってるぞ。初めてのnice!、コジマヨシキありがとう。何だかちょっと、いや、かなりウレシイぞ!

 ”30男のロック道”と題しながら、未だロックと出会った話が出てこないのだが、今回もまた違う話である。

 小学校高学年から中学1年(1977年~79年)頃、学校ではアイドルが流行っていた。女子も男子も自分の好きなアイドルの筆箱とか、下敷きとか、カバンにステッカーを貼ったり、まあ今の若い子たちと変わらない感じではしゃいでいたのだよ。当時人気があったのは、ピンクレディー世良公則&ツイスト榊原郁恵石野真子あたりだったと思う。僕はその頃アリスのファンだったので、それほどアイドルに夢中になったりはしなかった。しいて挙げれば、榊原郁恵かな、”目覚めのカーニバル”のレコード買ったし、”ナッキーはつむじ風”っていうドラマも見ていた記憶がある(そこまでいけばもう十分ファンと言える!)。

 ピストルズのジャケットで性に目覚め、榊原郁恵で女の子を意識するようになった僕は、この頃初めて○○○ーを覚えた・・・ってまた下ネタかよ!(文章で一人ノリツッコミを書くとマヌケだ)。

 そんな僕に、クラスの女の子が、アイドルでは誰が好き?と聞いてきたので、とっさに石野真子!と答えてしまった。なぜか分からないけれど、郁恵ちゃんって言うのが恥ずかしかったのかも・・・。そしたら、次の日から石野真子の切り抜き(明星や平凡!)が来るわ来るわ(みんな自分の好きなアイドルのところだけ切り抜いて、あとはそれぞれ他のファンに配るみたいなことが流行っていた)。ものすごい真子のファンみたいになってしまって、筆箱、下敷き、なんかの付録のポスターもあったなあ、それらがいっぱい部屋にたまっちゃって、母親にも「あんたいつから石野真子のファンになったん?、郁恵ちゃんの方がカワイイやろ」などど言われる始末。ノンノノノ~ンって感じ!?(いやもちろん真子ちゃんもかわいかったです)。

 「3年B組金八先生」もこの頃始まったんじゃないかな。僕はほとんど見たことないけど。たのきんトリオなんて、ザ・ベストテンを見てて初めて知ったぐらいだし(その後、大人になってからよっちゃんと会ったことがある)、学園ドラマと言えば、「ゆうひがおかの総理大臣」でしょう。あと「熱中時代」これはレコード持ってるよ。

 さあ、今回もロックの話が書けなかったけど、次回、いよいよロックとの出会いの話。ここからが長いんだ。

 


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セックス・ピストルズとの出会い ['70年代]

 ”アリス”のレコードを買いに走っていた小学校5、6年生の頃、レコードショップの棚にとても気になるジャケットのLPを見つけた。真っ黄色にどぎついピンク!。アリスでは考えられないデザインだ。でも僕が気になっていたのは、そのタイトル、SEX PISTOLS”と大きく描かれた文字の方だった。当時、初めてセックスという言葉の意味を知り、青い性に目覚めかけた頃だったので、どうしてもその”SEX”という言葉に反応してしまうのだ。

 

 レコード棚のアリスのコーナーをパラパラ見てるふりをして、でもどうしても目がそのジャケットに行ってしまう・・・。僕は、そのレコードにはとってもイヤラシイ”何か”が録音されているもんだと思いこんでいた。それがなんなのかは分からないけれども、子どもが聞いてはいけない”何か”。想像力を限界までかき立てられながら、アリスのライブ盤やシングル盤をレジに持っていっていた。友達とわざわざそのレコードを見に行ったこともあった。小学生の2人組がニヤニヤしながらレコード屋をうろうろするのであるが、まさかエロいレコード(勝手な思いこみ)に興奮しているとは、思わなかったろう。

 こうして僕は、SEX PISTOLSによって性に目覚めた・・・というか性的なものへの関心が超加速したのである。だから今でもあの「NEVER MIND THE BOLLOCKS」のジャケットを見ると甘酸っぱい性春の思いがこみあげてくるのであった!?(ピストルズの音楽と出会うのはあと3年後くらいのことである)。

 


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アリス ['70年代]

 「GO!GO!掛布」で音楽に目覚めた僕が、まず好きになったグループ・・・それは”アリス”だった。1970年代の終わり頃、アリスはものすごく人気があって、友だちもみんなファンだった。女の子はピンクレディーに夢中で、男の子たちはなぜかアリスにはまっていた。岡山にコンサートツアーで来た時も、チケットを買うために友だち5人くらいの家族総出で並んだけど、誰も抽選に当たらなかった。

 僕の家では、ポンコツのプレーヤーは新しくLPも聴けるサイズになり、当時父親が英語の勉強をするために使っていたラジカセ(日立の”パディスコ”、エマニエル坊やがCMに出てなかったっけ?)を勝手に部屋に持ってきて、着々と音楽を聴く環境を整えていった。

 そんな時代、初めて買ったLPは「アリスⅥ」(1978年発売)。やっぱり天満屋のレコードショップで買ったのだが、実はこの頃、1度だけパンクロックとニアミスしていた!。その話はまた今度するとして、小学校の5、6年生から中学1年にかけては、アリスばっかり聴いていた。

 レコードコレクションもその後、着々と増えていき「栄光への脱出(ライブ)」「アリスⅦ」「限りなき挑戦(ライブ)」「アリスⅧ」くらいまで聴き続けたかな。当時はレコードを買うといろいろなオマケ(ポスターや写真)がついてきたのだが、実は、今でもその時もらった写真を持っていたりなんかする。

 谷村新司のソロアルバムも持っていた「喝采」「昴」子どものくせにやけに大人びた歌を聴いていたもんだが、”陽はまた昇る”とかいい曲だと思う。今でもカラオケで歌えるし。

 生まれて初めてバンド!を組んだのもこの頃だ。メンバーは3人、”エンドレス”という名前で、”ENDRESS”みたいなカッコ良さげなロゴマークを考えたり、各自サインの練習をしたりしていた。ある意味、ここに僕のロック道の原点が!・・・あるのかも。

 そんな平和な中学生活にロック・・・いや、校内暴力の嵐が吹き荒れるのはもう、すぐ先のことである。

 

 その後、本気でバンドを始めたり、髪の毛を突っ立てたり、本格的な?ロック馬鹿になっていくのだが、バンド仲間や後輩たちに”アリス”のファンだったなんて言えなくて、レコードも棚の一番端っこに追いやられたりして、”アリス”の存在はだんだんと僕の中から抹消されていくのであった(レコードは全部、大学の時に、クラブの後輩に売りつけて処分してしまった)。

 


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最初に買ったレコード ['70年代]

  今、はまっている渋谷のパンクロックバーで、ロック原点回帰!したので、これまでのロック三昧な日々を振り返ってみることにした。渋谷”GARAGELAND”ありがとう。

 誰しも生まれて一番最初に、自分の意思で、自分のこづかいで、買ったレコードのことを覚えているだろう。僕は鮮明な記憶として残っている。

 小学校5年生だった僕は、当時岡山市に住んでいた。その日は、母親と一緒に天満屋のレコードショップにお目当てのレコードを買いに来ていた。アニメソング?NO!、ピンクレディ?否!、世良公則&ツイスト?いいや!、僕が欲しかったレコード、それは「GO!GO!掛布/大きな星になれ」という阪神タイガースの掛布雅之の応援ソングだったのだ!。同世代のミュージシャンにはこの曲でROCKに目覚めた者も多いと聞く(ウソ)。

 

 

 ♪わっかとら、わっかとら、カ・ケ・フ~、打て、打て、カケフ~♪という印象的なフレーズを持つこの作品。歌っていたのは遠藤良春という人。今この曲をネットで検索してみると、思ったより売れていたんだな~と気付く。でもベストテンとかで見た記憶はないよな~。

 早速、家に帰って最初に聴いた感動!・・・と言いたいところだが、当時家にあったプレーヤーが超ポンコツ!(シングル盤しか聴けないサイズで、しかもそれまでには雑誌の付録のソノシートくらいしかかかったことがなかった)。音が飛びまくって聴けたもんじゃなかった。母親は、プレーヤーがボロだとは露とも思わず、「やだ、このレコード不良品ね」と言って、すぐに店に引き返して店員に交換を要求。ところが、店で聴いてみるとちゃんときれいに聴ける。「おかしいわね~」と言いながら不服そうな母。もう一度家に帰って聴いてみてもやっぱり音が飛ぶ。再び店に持っていくバカ親子(その日、その店では”わっかとら、わっかとらカケフ~”がヘヴィローテーションだったんだ)。そんなことを3回くらい繰り返して、ようやくプレーヤーに原因があると理解した母は「新しいの買ったげるからしばらく我慢しなさい」。せっかく最初に買ったレコードなのに~!。そこで初めて針圧という言葉を聞いた気がする。家のプレーヤーにかけて横から見てみるとなるほど盤がウネウネして、針が飛んでいるのがわかった。そこで、ウネウネするのを強引に押えるように、アームの部分に手をかけてちょっと押えてみると、やった!やっとちゃんと聴けた!。力を入れすぎると回転速度が遅くなりわ~か~と~ら~なんて低音のつぶやきになっちゃたりしたけど、何回かやるうちにコツを覚え、普通に聴けるようになった。

 だから僕は、新しいプレーヤーが来るまで、このレコードを聴く度に、立ち上がって、アームを押えながら、”わっかとらカケフ~”と口ずさんでいたのである。少年時代のヒーロー掛布雅之。金鳥のCMなぞに出て掛布がカケフになっていくのはまだちょっと先のこと。

 こうして僕のロック道は、掛布雅之とポンコツプレーヤーで始まったのであった。

        

                                    たぶんつづく。


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